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雑感・備忘録・たまに偉そうなことをいう

誰もが見てわかるモノを持っている奴が結局強い、という話

百聞は一見にしかず、とは言ったもので、誰かに聞くよりも見たほうが早いというのはよくある話です。


また、人は目で見たものを、目で見て確認できるものを信用する傾向があります。伝聞よりも視覚的に確認できるモノの方が、安心できるし、納得度も高くなる。それは、誰もが無意識的にもそう感じているはずです。

 

よく、TwitterFacebookなどのSNSで、人生の教訓や真理をイラストにしたものを、よく目にすることと思います。英語が苦手な人も、そのイラストが何を語っているのかは見ればたいていのことが理解できるはずです。

  

人は、さっと理解できないことにストレスや不快感を覚えます。123×17や127÷13といった計算は、見た目からすでにめんどくさいものですから。逆に、120×10だとか、150×20だとかは、暗算が不得意な人でもあっという間に計算が終えられるはずです(よね?)。見た目ですでに、計算がラクそうだとも思えるはずです。


視覚的に訴えると、コミュニケーションスピートは早くなります。視覚的に訴求できれば、ひと目で価値が伝われば、ぱっと見でなるほどを思わせられれば、それだけで横並びの状況から一歩先んじることができるということです。

 


では、ビジネスの場面ではどうなのでしょうか。

 

最近、ああ、やっぱりそうだよな、と思う出来事があったのでご紹介します。2つの会社が、とある案件の獲得で競合していました。案件は、仮にデータ分析としておきましょう。


1社は、データ分析のパッケージというか、ソリューションのノウハウを持っており、どんな分析ができて、どんなアウトプットができて、どんな費用対効果が得られるのかをクライアントへ伝えていました。


もう1社は、「弊社にはこんな優秀な人材がいて、過去にはこんなプロジェクトに携わってきて、こんな分析もあんな分析もできる稀有な人材です」という人物主体の提案を行なっていました。どんな費用対効果や業務効率化といったベネフィットが得られるのかを示す資料はありませんでした。なお、その優秀な人材は、プロフェッショナル人材の紹介会社から紹介された方で、その会社に所属してはいません。業界的には、あまり好きな言葉ではありませんが、”人材の調達”というのでしょうか。

 

ちなみに、わたしは、後者の会社さんと協働体制にあり、担がざるを得ない立場で、かつデータ分析の対象となる業界に知見はまったくない門外漢だったので、提案やプレゼンはその会社さんに任せざるを得ませんでした。ようは、クライアントとその会社さんのブリッジ役に過ぎないということです。この時点でたいして面白くない…苦笑

  

さて、結果はどうなったのでしょうか。想像通り、前者の会社に決まりました。クライアントからこっそり、決め手をうかがうと、前者は何が出来て、どんなアウトプットが出せるのかがわかりやすかった。もちろん、バックに相応の技術やノウハウを持つ人材がいることもわかっている。

 

後者は、優秀な人材であることはわかるが、優秀かどうかは実際に参画してもらわないと分からない。分析手法もアウトプットの仕方も正直なところ良くわからない。そもそも判断材料が不明瞭なため、判断し難いのは否めない。そのため必然的に前者となりました…とのこと。さらに加えていうなら、結局手を動かすのは、外部から招き入れた(調達した)人材となるため、後者の会社に分析ノウハウがそもそも存在するのかどうかも疑わしい…とも。

 

件名の趣旨から若干ずれたかもしれませんが、数字や図表で可視化することは、やはり大切だと思うのです。言葉で伝えれば、わかってくれることはない。「あ」といえば、「うん」と呼応してくれることもない。特にビジネスの世界ともなれば、根拠となるようなデータやそれを示すビジュアルがなければ、ネガティブに判断されることは否めない。そう改めて感じる今日このごろです。

 

今この瞬間も、世界の至るところで商談やプレゼンが繰り広げられているかと思います。少しでも勝率を高めたいのであれば、誰かを説得したいのであれば、口頭で伝えるべしゃり力(りょく)も必要なのでしょうが、人は視覚的な印象で物事を判断する確率の方が圧倒的に高いもの、と理解して準備を進めるべきなのかな、と思います。可視化する作業は、調べて、図を作り、表を作り、と面倒くさいものですが、手を抜かず仕上げるべきだと思います。

 

外資は、パワポ禁止で、A4用紙1枚ないしは数枚で説明用の資料を作りなさい、と言っていますが、それを額面通りに受け取っては無事●亡です。少なくともわたしは、今回の件を間近で見てそう感じた次第です。